お気楽読書日記:10月

作成 工藤龍大

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10月

10月17日

エキサイトが無料インターネット接続サービスを開始しましたね。
いよいよ無料インターネット接続が本格化しそうです。

でも回線は混むでしょうね、やはり。
読売新聞のヨミウリ・フリーラインというのに加入していますが、つながりませんね。
混んでいて。
無料(タダ)といってもいいことばかりじゃないです。(笑)

やはり、怖いのは電話代ですよね。

ところで、本日は読書日記だけです。
朝はうだうだしているうちに、更新しそこねてしまいました。
なかなかうまくはいかんですね。(^^;

ところで、本日のお題は「千利休とその妻たち」(三浦綾子)です。
三浦綾子さんの歴史小説ということで、楽しく読みました。
三浦さんの歴史小説は、これと「細川ガラシヤ夫人」だけだと思います。

キリスト教関係の人しか書く気にならなかった――というわけでもなく、帯状疱疹で失明しかけたり、大腸ガンになったりで、綿密な資料調べが必要な歴史小説を書く余裕が後年の三浦さんにはなくなったせいでしょう。

現代小説を書くときとはまったく別な緊密な文体をたどっていると、これが同じ作家かと思います。
三浦さんは創作家としては、かなり器用なタイプですね。

この作品は、弛緩するところがない緊密な心理劇として構成された利休の精神の遍歴と言うのがふさわしいものです。

利休の茶の湯に、キリスト教宣教師のミサの手順が取り入れられているとするあたりは、なるほどなと思います。
利休の後妻でキリシタンの<おりき>という女性がまた見事で、惚れ惚れします。
あまりにも理想的なような気もしますが、これぐらいでないと、読者は納得しない――少なくとも、わたしにとっては大好きなヒロインです。

戦国時代や織豊政権の時代は、日本がはじめて直接、西洋文明と接触したときでもあるし、むこうではルネサンスが終わり、宗教改革と反宗教改革が激突している。
この歴史をキリシタンの側からみれば、かなり面白いはず。
ニッポン人の常識となった司馬史観とは違った当時の日本の姿が見えてきそうです。
宣教師ルイス・フロイスの「日本史」も翻訳されていることですし。
フロイスというと、NHK大河ドラマの懐かしいポルトガル語を思い出しますね。
あれは、なんといったかな。
――残念ながら、忘れてしまいました。(笑)

歴史小説好きというと、信長・秀吉・家康の三代英雄が好きな人ばかりです。
わたしもそうでした。
ただ、今はこの三人への興味はかなり薄れています。

それどころか、信長のようなリーダーを待望する人は「嫌だなーっ」と思います。
ベンチャー企業のオーナー社長を見てごらんなさい。
出来そこないの信長みたいのは、ごろごろいます。

私情まるだしだけど、わたしの経験からみるかぎり、この三人に仕えたところで良い事はなんにもない。(笑)

少なくとも、うだつがあがらない給料取りの分際で、この三人が好きというような人は特に駄目。
この三人からみれば、ただの屑、役立たずの能無しです。

この人たちは、人を騙して金をこさえる闇金融ブローカーのような人が好きなんで、ごく普通の良心を持ち合わせた一般人なんて用はないんです。
信長のようなリーダーがいたら、自分も能力を発揮できるだろう、会社・組織もよくなるだろうっていうのは、ただのおとぎ話ですよ。

そんなことを考えると、この人たちに殺された敗者たちだって、ただの馬鹿やお人よしではない。
この人たちにそれなりに処遇された武将や豪商だから、かなりダーティーな部分もあるはず。
それがない人は、さっさと追放されたり、殺されるのが落ちですから。

三浦綾子さん描くところの千利休は、戦国人としては善人すぎますね。
まあ、そういう小説ではないのだから、しょうがないのでしょうけれど。

織田家や豊臣家は急成長をとげて天下を取るのですが、そこから首になったり、自分で退職した中下級武士はいっぱいいます。
みんな、あんなひどいところはなかったといって、牢人になったり、もっと小身の大名の家臣になったりしていますが、そういうところでそこそこ出世したりする人も多い。
人間の幸せなんて、わからないものです。
織田家や豊臣家にしがみついていても、無事に一生暮らせるわけでもない。

話がずれましたけれど、自分がいちばんいいと思う方向を選択して歩いていくしかないんですね。
千利休は切腹させられるわけですが、利休が茶の湯を「文化」まで高めたいと思えば、結局殺される他はなかった。どこにも逃げ道はなかったのだと思います。
ぎゃくにいえば、利休が逃げ道を探すような人間であれば、いくら形骸化しているとはいえ今日まで茶の湯が残っているはずはない。

人間はおのれの仕事に忠実なあまり、「死地」(絶対に逃れられない窮地)に陥ることがある――そういうことを、仕事をする人間はわきまえておかないと、人生はどうにもならない。
そんな思いが伝わってくる作品でしたよ、三浦さんの作品は。

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10月16日(その二)

いよいよ「兵法家伝書」も最終回。
勝手に講釈して、最終回というのも片腹痛い話ですけれど。

この前、予告したとおり、「大機大用」についてお話します。
これは、「だいきだいゆう」と読みます。
宗矩が「用を用(ゆう)と読むべし」と書いています。

「用(ゆう)」とは何か。
宗矩の説明では、「躰」(たい)と「用」(ゆう)というものがある。
「躰」とは、例えば弓・灯火・水・梅の木をさすのに対して、「用」とはそれに対応して弓に対しては「引く・射る・当たる」ということ、灯火については「ひかり」、水については「うるおい」、梅の木では「香り」という具合に働きをさす。
剣の場合では刀が「躰」であり、「用」は「斬る・突く」という働きにあたります。

「大用」とは自由自在に活動する働きを意味します。
「大」というのは「すぐれた」という語義だとは、宗矩の言葉。

「躰」とは何かというと、じつは「機」(き)のこと。

宗矩の喩えだと、かえってわかりにくいようにも思いますが、機とは心のはたらきであり、用とはそのはたらきが実際に活動になることと注釈にあります。
ただ、そう考えるよりは、「機」とは「気」とするほうがわかり易いと思います。

「気」というと、中国拳法の師範が手を触れずに人間を空中へ吹っ飛ばす「気功」を連想しますが、どうもそんなものではない。
だいいち、師範が手をかざすと人間が吹っ飛ぶ場合でも、跳んで行く当人が協力しないとそんなことはできない。中国拳法を修行している知り合いが教えてくれました。
あれは、むしろ師範と弟子の以心伝心のパフォーマンスだそうです。

太気拳という中国拳法を修行され、拳聖といわれた故・澤井健一氏の高弟の方の本を読んだことがありますが、澤井氏によると「気」とは神がかりな能力ではなく、普通人にはちょっと出来ない反射神経の働きだそうです。
澤井氏が気を発するときの動きは、海老が跳ねるように予測できない不可思議な動きだったとか。
ただし、神がかりじみたことはない。あくまでも、武道の動きでした。

どうやら、宗矩が言う「機」も、それと同じことのようです。
「大機大用」を「大神通」ともいうが、虚空から鬼神があらわれて不思議なことをするわけではない。
何事をするにも道理にかなって理に通じること。
自由自在にふるまうこと。
剣の道でいえば、構え、フェイント、武具のさばき、ジャンプ、蹴りといったすべての動きを自在に使うこと。
――というように、宗矩は説明しています。

要は「気」を練り鍛えて、自在に敵と相対することに尽きるわけです。
こんな難しいことをどうやってやるのかという疑問に、宗矩は丁寧に説明しています。

そうするには、内に油断なく、つねに周囲の状況を観察して、不測の事態を予測して備えていること。
たとえば、座敷に入るときには鴨居をみて、何か落ちて来ないか用心するという具合に。

こうした用心が意識的でなく、無意識的にできるようになることを、宗矩は「機が熟す」といっています。
用心にとらわれているうちは駄目だけれど、それが自然にできるようになれば、自由自在に活動できるようになる。

その境地になれば、敵は睨まれただけで手も足もでなくなる。自分のやることがすべて見透かされているような気になれば、刀を振りかざして突っ込んでくる気持ちにはなれませんからね。

「兵法家伝書」の教えは、徹底的に動きを意識化しておいて、さらに凝り固まったような心理状態を脱するということに尽きます。

「兵法の仏法にかない、禅に通じる事多し」(柳生宗矩)
「(物事に)留まらぬことを簡要とするなり」とは、執着を捨てよという点で仏教ことに禅宗と同じだというわけです。

十日以上も「兵法家伝書」にはかかりきりだったけれど、いい勉強になりました。
こんなふうに読み解いてゆくと、必死に考えざるをえない。
自分の経験を総動員して、謎解きをしたような気分です。
禅の公案というのも、もしかしてこういうものでしょうか。(冗談!)

お付き合いくださった皆さん、ありがとうございます。(^^)
さてっ……明日からは何を読もうかな?

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10月16日

それにしても金大中氏はえらい。
ノーベル賞をもらえなかった北朝鮮の金総書記に「すまない」だなんて。

賞金一億円を国民のために使いたいと云うのはいいなあと思います。
前に地雷除去のキャンペーンをやったNGO代表が、賞金を独り占めしようとしたのに比べると雲泥の差です。

こういう人にあげるから、ノーベル賞も値打ちがあがるはず。
賞の値打ちは賞金ではなく、選定眼にある。
つくづくそう思いました。

名誉は自分から求めるとろくなことはない。
金大中氏も、自分からノーベル平和賞をとる運動をしたわけではない。

ところが、いっぽうで己の名誉のために、ある地域を紛争に陥れた人物がいる。
アメリカ大統領ビル・クリントン氏です。
女性スタッフとの情事でとことんまで地に落ちた名誉を回復し、それどころか歴史に名を残す一発大逆転の秘策であったはずの中東和平プロセス。
アラブ民衆の反応をみるかぎり、指導者レベルの会議で沈静化するのは無理のようです。
一時的に沈静化しても、またすぐ火がつきそうになっている。

もちろんクリントン大統領だけが悪いわけではなく、双方とも歩み寄ることは必要だったし、できれば平和のうちにパレスティナ国家ができれば言うことはなかった。
ただアメリカ大統領の任期切れという勝手なタイム・リミットのせいで、複雑な事態を解きほぐす努力を怠り、ことを急ぎすぎたのが悪い。

「愚者の後知恵」ですけれど、民衆レベルの対話がもっと必要でした。
ただし、それは国家が上から強制できるものではないようにも思います。
宗教がらみの民族紛争では、近代国家の論理は通じない。経済開発や所得増進という資本主義の論理もだめ。

互いに憎しみ合う歴史を共有するもの同士が、握手できる接点を探しだす――つまるところは、それしかない。
そのためには、金大中氏のような人格のちからが必要ではないだろうか。
わたしはそう思いますね。

とにかく、いまの東アジアに金大中氏のような人が要ることは、朝鮮民族だけでなく、周辺の中国(大陸・台湾を含めて)、日本にとっても有難いことです。

話が大きくなりすぎましたね。(笑)
天下国家について、しゃべりたくなるのが、中年(or 老化)のしるしだそうですけれど、それがジジイのしるしなら大結構です。

ジジイがやらずに誰がやる! ジジイの<ぱわー>をみせてやる!
――なんてね。(爆笑)

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10月15日(その二)

読書日記のつもりでしたが、多忙につき、本日はお休みいたします。
申し訳ありません。(^^)

たまには、こんなこともあります。てへへへっ……です。(^^;
明日からまた頑張りますので、よろしく。

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10月15日

朝からなんですけれど、雑談モードです。(いつもの事ですが……)

田中康夫氏が長野県知事に当選しましたね。
この一、二年TVであまり暴れていないと思ったら、政治に色気があったですな。
何はともあれ、前大阪府知事みたいな辞めかたはしてほしくないものです。(笑)

でも、田中氏は週刊誌でその手の話がやたら流れる人だったからなぁ。
なんとなく期待しています。(笑)

それでも、相手の嫌がるセクハラじゃなければ、ある程度のことは見逃してあげたほうがいいんじゃないですか。特に、この人の場合。
基本的に、この人は文芸作家じゃなくて、広報マンであり広告マンなのだから。
学生時代に 芥川賞(* 文藝賞の間違いでした!)をとった作品も企画力の勝利だった。
その後のエッセイも、どちらかといえば、特定業界(航空業界とか)の押しかけプランナーみたいなものだった。

入社辞退した大手広告代理店に入っても、やり手ディレクターとして活躍したはず。

現代の政治家に向いた資質の持ち主といっていいでしょう。

願わくば、田中氏がパンツひとつで女の子たちの前で裸踊りをしている写真が写真週刊誌に載ったとしても、長野県民の有権者は見逃してあげてほしいものです。(笑)
この人には、品行方正というラベルは似合いませんからね。

ところで、首相官邸には「なぜ高橋尚子選手にだけ国民栄誉賞をあげるんだ!」「田村亮子選手にもあげろ!」という抗議が殺到しているとか。
そうだろうなぁ。
わたしもそう思っていました。
同感です、まったく。

どうせ首相官邸にいる体格の良いおじさんは、大会初日の金メダルなんかたちまち忘れてしまったに違いない。
「鳥頭」という他はない。
少なくとも、田中康夫氏なら、この手のアホなことはしないと思います。
あれで、なかなか鋭い正論を吐く人ですからね。

長野県民の方々が、田中氏のお茶目を大目にみてくれるといいんですけど。(笑)

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10月14日(その二)

読書日記です。
本日は「無刀の巻」について。
いわゆる柳生新陰流の「無刀取り」です。

といっても、他の技法解説と同じように具体的な説明はありません。
そんな説明が必要な初心者なら、素手で真剣を持った相手と相対するはずがないですから。

心の使い方、つまり心術を語っているのでしょうが、たぶん分かる人にはぴんとくるヒントがあるのだと思います。
ただの読書人のわたしにはそのへんのことはわかりませんが、いちおう人生をいかに戦いぬくかという視点で、勝手に読み解いてみます。

「無刀之巻」とタイトルを書いていながら、宗矩はのっけから意表をつくことを云っています。
「無刀」とは素手で相手の刀を取ることではない。
こちらに刀がないときに、斬られないようにすることだといいます。

相手が無刀取りを恐れて、刀を取られないように必死になると、こちらを斬るどころではなくなる。斬られないければ、こちらの勝ちだ。
なるほど、これはするどい。
要は敵から斬られなければいいわけだから、わざわざ刀を取る必要もない。

などと安心していると、ひょいとかわされます。
「無刀」というのは、敵の刀を素手で取って得意になるためではなく、敵の刀を奪い取っておのれのものにする。扇や竹の杖さえ使いようによっては、敵の刀を押さえることができる。

「無刀と云うは、人の刀をとる芸にはあらず、諸道具を自由につかはむが為也」
(柳生宗矩)

そういう気持ちで、敵に立ち向かえということらしい。

具体的には、相手の刃が届く「つもり」を見切ることがポイントです。
相手の刀に斬られない見切りができれば、敵の太刀は恐れるに足らない。かりにあたったところで致命傷にはならない。
宗矩が云うには、敵が自分を斬る間合いでなければ、敵の刀は制圧できない。
「きられてとるべし」

その心は、日本刀が力学的原理で人体を寸断するために、振り下ろした刀の軌跡のある一点で人体を打たなければならない。そこをやりすごして、敵の内懐に飛び込む。
その力学的ポイントをはずせば、せいぜい皮や筋肉に薄手を負う程度。致命傷にならないぐらいなら、斬られてもかまわないということです。

無刀とはそういう超接近戦のことらしい。
「身によりそはずば、とられまじき也」
ということのようです。

ところで、「無刀」という心構えは、当流(柳生新陰流)の「専一の秘事」だと宗矩は云っています。
柳生新陰流のあらゆる技法は、「悉皆(=すべて)無刀のつもりより出る」のです。

以上のようにみてくると、真の戦いとは接近戦に他ならないことがよく分かりますね。
遠くからぽんっと一撃して勝ちなんてことは、よほど格下でなければありえない。
相手の身体に寄り添うくらいの距離で戦わなければ、勝ちはない。
剣豪の教えは、社会人には身にしみます。
やっぱり、こうでなければいかんのでしょうね、ほんと。

システマティックな思考を得意とする宗矩のことですから、理屈を言いぱなっしにはしません。
次にどうしたら「無刀」の戦法が可能となるか書いています。
それは「大機大用」(だいきだいゆう)ということです。
これについては、また明日。

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10月14日

昨日もノーベル賞の話題だったのに、本日もとっぱなから同じ話題です。(笑)
今回ノーベル賞を受賞した中国人作家高行健氏について、中華人民共和国政府は腹をたてています。
この受賞は、「政治がらみで価値がない」「ノーベル文学賞は権威を失った」というのです。

高氏は1989年の天安門事件で中国共産党から離党して、現在はフランス国籍を取得してあちらに在住している。
そこが政府には腹がたつ。

しかも政府の御用機関「中国作家協会」は他の優れた文学作品と作家をさしおいて、高氏ごときに受賞させるとは政治目的以外の何ものでもないという声明を発表したそうです。

ただ気になるのは、「中国作家協会」の主席は「巴金」という文壇の大ボスで、しかも以前ノーベル文学賞候補といわれた人。
受賞できなかった老大家とその側近は、どうやらノーベル文学賞の「公平性」に強い疑念を抱いている……。(笑)

笑っちゃいけないのでしょうが――ははははっ。

ところで、中国から朱鎔基首相が来て、市民と対話。胡弓まで弾く大サービスぶり。
前回の威張りくさった様子とは大変身ですね。
しかし、どうも市民の質問がくさい。(笑)
「怖い顔で損をしたことはありませんか?」(市民)
「この顔のおかげで損をしたことはいっぱいあって、言い切れない」(朱首相)

なんて――出来の悪いコントか、これは!
もしかして……いや絶対に広告代理店が入っていますね、この筋書きには。(笑)

知り合いに小さな広告代理店の経営者がいます。
この男(まだ三十代なんですけど)に聞くと、いわゆるシンポジュームとか討論会というのはほとんど台本ありなんだそうです。
キーになる発言をするサクラ(エキストラというんだそうですが……)を客席に配置しておいて、ころあいを見計らって指名する。
ほとんどTVのバラエティーと同じ作りになっている。

それをどこまでも自然にみせかけ、素人のお客を混ぜながら台本作家のストーリーとおりに進行させるのが代理店の腕だと、知り合いは自慢していました。

今は無くなった某野党第一党(笑)の主宰するシンポジュームとか、市民討論会を仕切った男なので、話がやたら生々しい。
おかげで、野党の偉い方々の顔をTVでおみかけするたびにクスリっとしてしまいます。

いや、話の目的はそこじゃなくて(苦笑)、メディアにはいろいろ仕掛けがあるらしいということを、わたしの狭い見聞から言いたかっただけです。

なにせ朱鎔基首相は日本の冷え込んだ経済援助を少しでも引き出さなければならない。
そのためなら、なんだってやるでしょう。
必要があれば、パラパラだって踊るし、ヤマンバ・ファッションまでするに違いない。

朱鎔基氏のパフォーマンスにえへらえへら笑っている人が、アホにみえる。けしからん。
――という「アホな」ことを云っているわけではありません。

そういう人はエキストラ(または関係者)だと見たほうがいい。
もしかしたら、違うかもしれないけれど、そう見るのが自然でしょう。
かりにそうでないとしたら、ただのアホ中年。(笑)

とにかく、そんな甘い人じゃないですって。
お隣の大国のエライさんは。

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10月13日(その二)

読書日記です。
「心」というものはわかったようで分からないものです。
しかし、東洋人ならぼんやりイメージしているものがあります。
そうした曖昧な理解で「こころ」をイメージしておいたほうが、柳生宗矩の教えを理解するには都合がいい。
日本人であることの有難さは、こういうときに感じますね。
たとえば、その内容を英語に翻訳しようとしたら、頭をかかえるしかない。

柳生宗矩は「こころ」を剣の上では三つぐらいの用法で使っているようです。
ひとつは「意識」として。
「心をかえす」という表現などはこれです。
この言葉は「相手の善意にこちらも善意で答える」という意味ではありません。
敵に一太刀浴びせたら、すぐ意識からそのことを忘れて敵の反撃にそなえるように、という意味なのです。
また同じことですが、一太刀浴びせたら、畳みかけるように連続して攻撃せよ。相手に間を与えるなという意味でもあります。
よく考えたら、同じことですね。とにかく、意識を休みなく活動させ続けろということですから。

「兵法家伝書」の用法では、「心」は意識の同意語と考えてよいようです。

ただし、その「心」の奥にあるある実体も「心」と呼んでいる場合があります。
たとえば、天地の心などという場合。これは文字とおり、気象を含めて天地万物を動かしている実体。
わかりやすくいえば、「気」とでも言い換えたほうがいい。

「気」が動けば、風雨がおこり、雷が落ち、炎天下に雹が降る。人間が何か行動を起こすときにも、「気」が発動する。

武道の極意は、敵の「気」が発動する寸前に攻撃することにある。
敵の意識が動く前の時点で攻撃すれば、負けることはない。
当たり前ですが、生命のやりとりの現場でこれをできるようにならなければいきぬくことはおぼつかない。
それが、柳生宗矩の確信です。

では、どうすれば、それがわかるか。そんなことは、気を操る超能力者でもなければ不可能ではないか。そんな疑問がわいても当然ですね。

宗矩は普通の人間でも、それは出来るのだといっています。
人間には「本心」「道心」という気を感知して操る能力が修行次第では獲得できるらしいのです。
それには、「心をまっすぐにせよ」と宗矩はいいます。

「本心」を発現して仕事するとき、人間は素晴らしい仕事ができる。世に名人と呼ばれる人々のほとんどがそうだというのです。
ただし、そのことは宗教的な悟りに似ているけれど、そうではない。
宗矩自身がそのように書いています。

自分には悟りなどないが、兵法はこうした「本心」にかなった動きをするのでなければ、勝ちをおさめることはできないのだと。

日常生活の自分は煩悩にまみれた凡夫ではあるが、一剣を手にして敵と相対するときには「本心」にかなうように剣をふるうのであるとも。

「日常生活のすべてに『本心』にかなったことをすることはできないが、仕事とする一分野でなら『本心』にかなった活動は出来る」
これが、宗矩の考える「本心」です。

日常生活の意識を、宗矩は「妄心」「人心」と呼びますが、これはどうしようもない。
日常生活を送るのに、特殊な意識プロセスである「本心」は宝の持ち腐れ。あるいは、公道でF1カーを走らせるようなものです。

「心こそ 心まよはす 心なれ 心に心 心ゆるすな」
という歌を宗矩は紹介しています。

これは、宗矩の解説によると、
「妄心こそ、本心を迷わせる心なり
妄心に、本心よ、本心を迷わされないように用心せよ」
ということらしい。

日常生活の意識はもちろん大切だけれど、「気」の発動を感知しなければならない高度な仕事には邪魔となる。
しかも「気」とは武道だけでなく、あらゆる人間の活動、いや天地自然にまで関係する原理であるらしい。

うかうかと日常を生きる「心」だけでは物事を成就させることはできない。
日常生活の意識はどうやら観察力を曇らせ、とっさの決断力をにぶらせる。
物事の成就には、非日常的なパワーが必要らしい。
しかも、それを引き出すには「まっすぐな心」でなければならない。

宗矩の云っていることが、なんとなく分かったような気がします。

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10月13日

「金大中氏にノーベル平和賞!」
というのは、嬉しいニュースですね。

朝韓関係だけでなく、日韓関係でも、この人はいろいろ働いてくれた。
もし日本人が「お世話になった外国人」に賞をあげるとしたら、昨今ではやはりこの人でしょう。
いろいろ外交的・政治的問題はあるかもしれませんが、「国民感謝賞」なんてのを創設して金大中氏にあげたいところです。

北朝鮮はノーベル平和賞受賞も報道しないというから、そうとう気分を害しているのでしょう。
なぜ、おれに寄越さないんだってね。

ノーベル賞選定委員会では「ノミネート段階で推薦がなかった」と理由を説明していますが、そりゃあそうだ。納得です。(笑)

金大中氏の政敵・金泳三氏は「ノーベル賞の値打ちが下がった」と怒っていますが、本当に下がったのは金泳三氏の評判だと思います。

ところで、嫌なニュースもある。
西武の松坂投手の事件です。
松坂投手については何もいいますまい。
記者会見の態度をみて、すっかり嫌になりました。
「将来、日本の球界をしょって立つ」人らしいけれど、そうなったら野球中継とプロ野球ニュースを見るのはやめることにします。

「野球の他は何もしらない子供」と弁護するのはいいですけれど、失敗をしたときの態度ってものがある。そこに真剣さが感じられないと、好きにはなれんです。
免停中に運転をしたことも悪いし、身代わりを立てたことも悪い。ただ、それはある意味で世間知らずだからと許せる部分もある。
記者会見のふてぶてしい態度や、黒岩氏に責任を押し付ける言動には納得がいかない。
少なくとも、わたしの知り合いたちは、あれを見て気分を害しました。
ただみんな西武ファンではないので、主観が入っているかもしれませんが。(笑)

それよりも、今回責任を問われて辞職になりそうな松坂投手専属広報担当の黒岩氏のことがは心配です。
金メダル確実といわれながら、メダルなしで終わったオリンピックから、雌伏すること四年にして、次回のカルガリー・オリンピックで銅メダルをとったあの黒岩彰広選手。
銅メダルを取って涙を流した姿は今でも瞼に焼き付いています。

松坂投手の専属広報担当に転職したと発表があったときから、嫌な予感はありました。
世間知らずのルーキーの尻拭いに、使い捨てにされるだけだろうと。
その予感は現実のものとなってしまった。

軽犯罪とはいえ、りっぱな犯罪を冒したわけですから。

それでも、責任はすべて自分にあると引き受ける態度はいさぎよい。
「球団に車の管理をきちんとしていないことを知られるのが怖かった。松坂投手からは身代わり出頭を求められたことはない」
という記者会見の発表は、だれが聞いてもウソっぱちでしかない。

しかし、泥をかぶろうとした姿勢は美しい。
企業に時代遅れな忠誠心を発揮したと言われるかもしれないし、ヤクザの身代わり出頭の真似とそしられるかもしれない――でも、美しいと思います。

やり方はまずかったかもしれないけれど、黒岩氏は自分なりに前途ある若者をかばおうとしたことは確かです。

39歳の黒岩氏に、同世代の男として共感せずにいられない。
世間がなんといおうと、黒岩氏の振る舞いにわたしは拍手を送りたいと思います。

黒岩さん、西武をクビになっても、貴方ならどこでも頑張れると信じています。

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10月12日(その二)

読書日記です。
といっても、午前中はずっとオンライン新聞ばかり読んでいました。
社会人として、これはまずいですね。(笑)

といっても、笑っている場合じゃなかった。
中東の平和プロセスは崩壊途上にある。せっかく90年代に入ってから、解決の糸口がみえていただけに残念です。
20世紀が生み出した民族紛争の病根はそう簡単には癒せないのだとあらためて認識させられました。

ところで下巻「活人剣」に突入した「兵法家伝書」ですが、ここは一筋縄ではいかない。
だいいち名前がこれでいいのかという内容です。

「活人剣」なんていうと、いかにも「剣の道を生かして、平和な時代に人を鍛え、教え導く」という風に思ってしまう。
でも、実際に最初の部分を読むと、どうもそういう精神論ではない。

柳生新陰流の特長は、津本陽さんやその他の同流派修行者の言葉によると、カウンター攻撃にある。
それも単純なカウンターではなく、クロス・カウンターです。

「クロス・カウンター」なんて矢吹丈だけかと思ったら、畑山選手もこれで勝ちましたよね。
原理としては相手の攻撃してくるまさにその出鼻を撃つ。
これだと、絶対に攻撃側は防御できない。攻撃することで頭がいっぱいだし、だいいち身体がとっさに防衛に切り替えられない。
勝負において、クロス・カウンターほど完璧な攻撃はありません。

「活人剣」の半ばまで書いてあることは、このクロス・カウンター攻撃を行うためのメンタル・トレーニングといっても過言ではありません。

その心得を宗矩は四つに分けています。
柳生宗矩という人はえらくシステマティックな思考をする人で、ものごとを段階に分けて整理するのがうまい。
じつにわかりやすい必勝法です。

その四つの段階とは「水月」「神妙剣」「病気」「身手足(しんしゅてんそく)」です。
打撃系の武道をかじると混乱するかもしれませんが、「水月」とは俗にいう鳩尾(みぞおち)ではありません。
「相手の剣が届かないぎりぎりの間合い」を意味します。

「神妙剣」とはどうやら刀とは関係がない。
たぶん「丹田」(へそ下三寸)と「正中線」を一直線にせよという意味だと思います。
丹田と正中線をすっとそろえないと、真剣で人を斬るのはできないのです。

「身手足(しんしゅてんそく)」とは、敵の体勢をよく観察してその動きを予測すること。同時に自分自身の体勢や動きをコントロールすることでもあります。

しかし中でもいちばん大切なのは「病気」ということ。
これは先日書いた「病気を去る」ということなのですが、この場合はもっと具体的です。

それは「囚われぬ心をもて」という意味だけでなく、相手の「手の内」をよくみろということです。
「手の内」とは剣の握り方、腕の筋肉の動きです。
これを冷静に観察できれば、相手の動きを完全に予測できる。

「囚われない心」で相手の動きを観察せよ。
そのためには大変な勇気がいる。それを奮い起こせとも教えています。

こういう状態に自分に置くと、必殺の戦法が可能になる。
「敵がこちらに打ちかかってくれば、その太刀を振り上げるところを見据えて斬れ」

「敵に勝とうと思うなら、先に攻撃させろ。敵がこちらを打ち据えたと思ったときには、こちらの勝ちとなっている」

「相手に斬られない水月の間合いを取れ。そのあとは、相手をよく観察して臨機応変に対処せよ」

要約すると、つまりこうなる。
  • 不用意に攻撃されない、ぎりぎりのところまで敵に接近する。
  • 自分の長所を発揮できるように、つねに体勢を整えることを忘れない。
  • 相手を観察すること。そして、自分の足元をおろそかにしない。
  • 相手の攻撃を逆手にとれ。
そのために勇気が必要なことはもちろんです。臨機応変に柔軟な対応をするためにも。

江戸時代初期の隠れた大政治家、柳生宗矩の政治手法はまさにこれだった!
感動しますね。
戦う男の哲学には。

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10月12日

ご存知でしょうが、日本時間で13日の午前2時頃に西岸地区のラマラ市の警察署やガザ市のパレスティナ暫定政府の建物を、イスラエル軍ヘリコプターがロケット攻撃しました。

イスラエルのバラク首相は、今回の騒擾の引き金となったリクード党のシャロン党首にも挙国一致内閣への参加を呼びかけました。

新聞でも報じられている通り、今回の攻撃の直接のきっかけは、イスラエル人兵士がラマラ市の警察で虐殺されたことです。
イスラエルやアラブ圏の英字新聞をいろいろ読んでみましたが、アメリカの「ワシントン・ポスト」紙が伝える状況がいちばん正確のようです。

ラマラ市のメイン・ストリートを自家用乗用車に乗った三人(?)のイスラエル兵が通りかかったところ、パレスティナ人の群集に包囲されたのがはじまりです。
この群集はイスラエルとの衝突で死んだパレスティナ人の若者を追悼する集会から帰ってきたところでした。
そこへやってきたのが不運でした。

警察官たちは兵士たちを警察署へ連行したのですが、理由はイスラエル側は兵士たちの身の安全を確保するためだとし、パレスティナ側はパレスティナ人警官に偽装した特殊工作員を逮捕したのだとしています。

ところが群集はおさまらず、警察署を襲って、警察官13名を負傷させて、刃物や鈍器で兵士たちを虐殺したのです。
二階建ての警察署の窓を攀じ登り、続々と侵入してくる群衆に立ち向かった警察の努力は無駄となりました。
殺された兵士の一人は警察署の二階の窓から下へ投げ落とされたそうです。

日本の報道では、死んだ兵士は二人となっていますが、現地ではもう一人いて、群集が火をつけた自家用車の中で焼き殺されたと噂されています。
ただし、公式発表では死亡した兵士二人の実名が報道されているだけです。
Yosef Avrahami と Vadim Novesche というのがその名前。

兵士のひとりは即死して、その死体は市内を引きずりまわされて火をかけられて焼かれたそうです。
ご存知でしょうが、イスラム教徒にとって遺体を焼くことは、これ以上はないというほどの憎悪を意味します。肉体を焼かれた霊魂は、死後に神の恩寵を絶対にもらえないとイスラム教ではなっていますから。
もう一人の兵士は病院へはこばれ、そこで死亡しました。

イスラエル側は勤務を終えて帰宅途中の兵士が襲われたといっていますが、上にも書いたようにパレスティナ側は死を覚悟で挑発行為に出た「特攻隊」だとだれもが決めてかかっています。
他のアラブ圏の新聞を読んでも、「特攻隊」説が共通認識となっていますね。

それから数時間後に、イスラエル軍の攻撃が始まったのです。
警察署はカラシニコフ銃を持った群集に占拠されていたそうですが、事前にイスラエル軍の到来を知った占拠者たちはメガホンで群集に逃亡を呼びかけたました。
その矢先に軍用ヘリコプターが到来して攻撃が始まったそうです。

翌日、イスラエル軍は Nablus 市の警察本部とジェリコ市のパレスティナ官吏学校も攻撃。
Nablus 市では、住民が街路へ出て、警察署をとりまいて身体を張って守ろうとしたそうです。
しかも、「ハマス」「イスラミック・ジハード」という過激組織の囚人を全員解放して、行動に参加させたとか。

イスラエル軍対アラブ系住民の戦いという様相が濃くなっています。
アラファト議長やエジプトのムバラク大統領のような支配者がコントロールできる状態ではとっくになくなっていると見ざるをえないようです。

「国際テロリストの天国」(とニューヨーク・タイムズ紙がいう)イエメンの港湾都市アデンで、アメリカ軍の駆逐艦コールが12日にゴム・ボートの特攻で6名の死者と36名の負傷者を出したように、アラブ圏の聖戦意識は異様に高まっています。

ニューヨークのブロンクスではユダヤ教会に放火しようとしたアラブ系住民が逮捕され、カナダでもユダヤ教会に放火されました。
イスラエルだけでなく、欧米のユダヤ人社会も危機意識を高め、どうやら平和推進派はすっかり息をひそめているようです。

事態を沈静化できる要素はなにもない――ようにしか見えません。
毎日新聞が「<イスラエル>挙国一致内閣結成 騒乱停止求めるメッセージか」と報道していますが、どうもそれは無理なようです。

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10月11日(その二)

読書日記の続きです。
読んでいるのはあいかわらず「兵法家伝書」(柳生宗矩)。

どうやって、「病気」=「とらわれ」から抜け出すのか。
この大きな問題を、宗矩は「殺人刀」(せつにんとう)の後半でくわしく説明しています。

「病気を去る」には、二段階の修行が必要だというのです。
それを「初重」(しょじゅう)「後重」(ごじゅう)と宗矩は云っています。

「初重」とは「とらわれないように努力せよ」ということです。
「とらわれる」ことに執着するのがいけないなら、「とらわれないことに囚われる」のも駄目じゃないか。
と、理屈ではそうなる。

でも、それでは一歩も進めない。
まずは「とらわれないように努力しよう」ということから始めるのです。

宗矩は上手い喩えを持ってきますね。
木に食い込んで抜けなくなったくさびを抜くには、どうするか。
別のくさびを打ち込んでやればいい。
すると、前のくさびが緩んでぽろりと抜ける。

これと同じ事で、「とらわれる」「とらわれない」という葛藤を解決するには、一見矛盾しているようだけれど、「とらわれない」ことを目指す。
すると問題がするりと解決する。

こういうことは勝負事だけにかかわらず、人生のいろんな局面で応用がききますね。
「こうしなければ駄目だ」と思い込んで、いくら努力してもうまくいかないことがあります。
ところが、他の手を考えてみたら、案外ぽろりと上手くいく。

わたしがやっているパソコン関係の仕事などは、「締め切りは明日」というやっつけ仕事が多いので、特にこんなことが多いです。
観方を変えてやってみたら、なんとか納期に間に合ったとか。

宗矩によると、この「初重」の努力を続けていると、「後重」という段階に到達する。
これは、「とらわれない」ということにさえ囚われない自由な立場です。

いちばんわかり易い例では自転車や水泳でしょうか。
どっちも、かろうじて自転車に乗っていたり、水に浮いているうちは、お使いにもいけないし、25メートル・プールも泳ぎきれない。
でも、ある段階に達すると、サイクリング旅行もできるし、人によってはドーバー海峡だって横断できる。(笑)

習熟したあとには、必ずそういう境地がある。
ここが東洋思想のいいところですね。
しみじみそう思います。

西洋思想でゆくと、「初重」の段階で論理的に行き詰まって、それから先へは一歩も進めない。
時間と成長(変化)を前提にしている東洋思想と、空間と固定を基盤にする西洋思想の違いがこれですね。

いわれれみれば「なんだ、そんなこと常識だろう」という気になりますが、おそらく「兵法家伝書」の真価はそういうところにはないはず。
才能ある人は「とらわれる」「とらわれない」という「初重」の矛盾と、「後重」の境地を剣の技法で体現できるようになっているのです。

このくだりは「剣道の教え」とか「古臭い精神論」と読まずに、自分の職業などにあてはめて、じっくり考えなければ何にもならない。
宗矩の哲学は剣道ばかりじゃなく、人間のおこなうあらゆる活動に応用できると思います。
だいいち書いた本人は、大真面目に仏教にもこの哲学は通じているんだと思っていますから。

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10月11日

何か良いことがあると、すぐまた良いことがある。
ノーベル賞受賞したと思ったら、筑波大学名誉教授・白川英樹氏に文化勲章が贈られることになりました。

ノーベル賞受賞のタイミングが遅かったら、今年の文化勲章は無理だったろうな。
などと、ぼんやり考えました。

今から二十年前の研究にノーベル賞を与える智慧ある人々。
海外で認められた人にあわてて文化勲章を出す国。
――何も云いますまい。

ところで、<スポニチ・メール>によると、金メダリスト・高橋尚子さんと筑波大学名誉教授・白川英樹氏が遠縁にあたることがわかったそうです。
二人とも岐阜県高山市の出身で、高山市では市をあげての祝賀会を計画中とか。
まづは目出度い話です。

そういえば、ユダヤ人亡命者にビザを発給して、退職させられた外交官・故杉原千畝さんへ今ごろ外務大臣が謝罪したという出来事もありましたね。
謝罪したのは立派だけれど、それまでの扱いはなんなんなのか。
「これまで故人の名誉にかかわることで意思疎通が欠けていた。心からおわびしたい」
という河野洋平外務大臣の言葉に、86歳になる杉原幸子未亡人が憮然として表情だったのがTVで見て印象的でした。
Yahoo!で調べたら、外交資料館に「顕彰プレートと当時の様子を伝える関連公電の展示台」を作ったので、10日にその除幕式が行なわれた。わたしが見たニュース映像は、そのときのものでした。

どうやら、外務省の外郭団体<国際交流基金>が「杉原千畝フェローシップ」として「 故杉原千畝リトアニア副領事の功績をたたえ、イスラエルの日本研究者や知日派文化人を日本に招へいする事業が01年度からスタートする」ことが決まったせいらしい。
杉原氏が亡命ユダヤ人たちにビザを出したのが、ほぼ半世紀前。
今年は杉原氏の生誕100年にあたるとか。

以前からユダヤ系アメリカ人たちが杉原氏を顕彰する活動が<NewsWeek>誌などでも報じられていたから、遅まきながら外務省が動いたのでしょう。

半世紀もたって、当事者たちがこの世からいなくなったので、謝罪や顕彰が出来るようになったという事情もあるはず。

杉原氏はこの国がそんな国であることを知っていても、ああいう立派なことをした。
自分の将来が吹き飛んでしまうのは百も承知のうえで。

そのことを考えてみると、杉原千畝氏の行為がますます尊く思えます。
おめでたムードに水を差すつもりはないのですが、真実はきっと現れる。
そんなことを考えた一日でした。

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10月10日(その三)

日付がへんですが(本日は11日)、昨日の読書日記ということで、10日の日記とさせていただきます。
リアル・タイムで現地の新聞を読むなんてインターネットならでは――ですよね。
すっかり、中東にはまってしまいました。

残念ながら、アラビア語やヘブライ語までは勉強していないので、英文新聞ばかりですけれど、それにしたって臨場感がある。
報道の公平なんて建前にしばられていないから、イスラエル側もアラブ側も互いに理性を発揮しつつ、双方の立場にたって報道している。
「これが面白い!」 ――というわけで夢中です。

日本の新聞報道などをみると、中東情勢などあまり重要視していないせいか、内容が一日遅れのように思えます。
リアルタイムで内容を掴んでも、それをリアルタイムで報道する体制がないのでしょうね。

昨日<ニューヨーク・タイムズ>紙で読んだような記事がひどくダイジェストした形で、今日の夕刊あたりに載っていたり、ときには明後日の朝刊の隅に載っていたこともあります。
新聞の国際欄なんてスペースが限られているから、そういうことになるんでしょうね。

そのかわり事態が推移しているから、現地新聞や<ニューヨーク・タイムズ>よりも冷静に書ける。
それを分析的で良いと思うか、冷えたパイみたいにまずいと思うか。
読む人の意識次第なんでしょうが……

ところで、昨日のお約束とおり、これは読書日記です。
しぶとく「兵法家伝書」を読んでいます。

武道はかじったことがありますが、あいにく剣道ではありません。
だから、柳生新陰流の伝書を読んでも、もしかしたら猫に小判、ブタに真珠のたぐいということになるかもしれません。(笑)

ただし、人生において、はっとする名言があるんですよ、この本には。
書道が得意なら、色紙に書いて部屋に貼っておきたいくらいです。

そのひとつを紹介します。でも、あんまり有名だから、知っている人も多いかな。

「病気の事」という一節があります。
これが実に深い内容なのです。

簡単に現代語訳すると、

「勝とうと一心に思うことを、病気という。
兵法の技を使おうと一心に思うのも病気だ。
身に付けた技をすべて出し切ろうと一心に思うのも病気だ。
人の仕掛にのらないように、ひたすらがんばるのも病気だし、
相手の様子をただただ見ていようとするのも病気だ。

だからといって、こうした病気にかかるまいと必死にがんばるのも病気だ。
何事であれ、心がひとつのものに固着してしまうことが病気なのである。
こうした病気は必ずあるものだから、それにとらわれないように、
心を整えなければならない」

うーん、なかなか深い。
というより、これが出来ないから勝負ごとであれ、仕事であれ、うまくいかないことが多い。
物事がうまくいくときとは、なんだか知らないうちにうまくいく。
夢中になって取り組んでいるときには、上のような「病気」がありませんからね。

宗矩さんは、沢庵和尚に禅を学んだから、いっていることが禅坊主みたいですが、理はたしかにそのとおり。
ただ、どうやったら「病気」を離れるかというと、これが難しい。
「兵法家伝書」上巻にあたる「殺人刀」の部分は、この一節のあとはすべて如何にして「病気」にとらわれないようにするかという議論になっています。
下巻の「活人剣」もつまるところは、「病気を去る」こと、つまり「心の自由」をいかに獲得するかという内容のようです。

「心の自由」を獲得しなければ、勝利はなしがたい。
剣豪・柳生宗矩が斬人・殺人の剣をふるって、身に付けた究極の奥義とはこれだった!
この理(ことわり)がわかれば、達人たちにはどう動けばいいか肉体がひとりでに教えてくれたはずです。

人生の知恵なんて、人によっては幼稚園の砂場でもわかることだけれど、それを活かすには人生まるまる費やしても出来るかどうか。
ひとの一生とは、その不可能事に対するチャレンジに他なりません。

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10月10日(その二)

日付なんですけど、困っています。
今までは読書日記だけだったので一日遅れで良かったのですが、ここ数日は当日の海外オンライン新聞をネタにしている。
これでは、読んでいる人も混乱するだろうし、だいいち私のほうがよく分からない。

でも、いまみたいな事態はそうそう続かないと思うので、やっぱり、一日遅れの日記とします。
現時点を明記する必要があるときは、本文の中でしておきます。

上にも書いたとおり、今朝も海外ニュースをウォッチしています。
イスラエルの<The Jerusalem Post>や<The Jerusalem Report>を読むと、イスラエル本国のハト派だけでなく、アメリカの和平支持派ユダヤ人も今回の事件には衝撃をうけていることがよくわかります。
なかでも絶望の思いを深くしたのは、アラファトでさえ事態収拾ができないと分かったこと。
ニューヨークのユダヤ人・コミュニティで、平和プロセスに反対して評判が悪かったジャーナリストの評価がうなぎ上りだとか。平和推進に賛成だった人々も、この人物(Norman Podhoretz )に頭を下げています。
「君のいうことが結局正しかった」と。

ただし、事態はそれで何も解決するわけではなく、アラブ系住民の多いパリではユダヤ教会(シナゴーグ)に火炎瓶を投げたり、反イスラエルのデモが続いています。
「ユダヤ人に死を!」といういつものやつを。
ただし、デモには平和推進派も大勢参加しているところが違います。

ヨルダンの<Jordan Today>によると、アラファト議長の支配する組織ファタハの武装メンバーが、西岸地区とガザ地区にアンダーグラウンドの民兵組織を作ったそうです。
「草の根武装グループ」と自称していますが……

ファタハは1993年のオスロ合意のあと、武装放棄をしていたのですが、イスラエル入植者が武装して銃撃をはじめたので、再武装する大義名分を手に入れたのです。
メンバーは西岸の都市<Nablus>で空砲を撃ちながら示威行進して、結団の声明書を読み上げました。タオルのようなもので顔を隠して行進する民兵たちを、群集は歓呼して迎えたそうです。しかも、パレスティナ人の警官たちは止めようともしなかった。

いよいよ混迷は深まるばかりです。
ただ一つの救いは<Arabia.com>が伝えているように、アラブ産油国が今回は原油を武器にはしないと宣言していることでしょう。

今回の騒動は、たんにイスラエル対PLOではなく、汎アラブ圏(イスラム圏)対国際ユダヤ人社会の様相を呈してきているようです。

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10月10日

いつもは一日遅れの日記ですが、今日は中東情勢について書いたので、日付を当日にしておきます。
時間がごちゃごちゃになってきますからね。
ただ午前中のほうはそのままです。

ところで、本日付けの「ニューヨーク・タイムズ」と「エルサレム・タイムズ」をみると、イスラエルのバラク首相は最終通告の延期しました。
やはり、パレスティナとイスラエル双方の市民が憎悪を爆発させて、暴動常態になっているのでPLO上層部にも事態の打開を難しいと判断したとのことです。

イスラエル国内でもアラブ系住民とユダヤ系住民が交戦状態になって収拾がつかなくなっています。
バラク首相は、アメリカと国連の仲介に望みをかけているようです。

まあ、こんなことは夕刊でも読めば、すぐわかることなんですが、既存のメディアよりも早く――というのが、インターネット。
ついついネットサーフィンしてしまいます。

とにかく、当面は第五次中東戦争は回避された――と思って良いんじゃないでしょうか。

双方ともに挑発行為を続けているし、穏健派は完全に沈黙させられているので、事態がどう動くかはまったく予想もできません。

ほとんどネットサーフィンばかりしています。
べつに、自分などが何をできるわけでもないのですけれど。

気ぜわしいので、読書日記はまた明日書かせていただきます。

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10月09日

イスラエルとパレスティナは、どうなったんだろう。
気になってイスラエルのオンライン新聞を見てみましたが、「ヨム・キプール」のせいか更新はお休みのようです。(10日午前の時点で)

アラブ側の英字新聞を見てみると、どうやら始まったようですね。
<Jordan Today>紙を見ると、現地時間で10月9日早朝には武装したイスラエル入植者が保安部隊に支援されて、エルサレムと西岸地区で銃撃戦を始めました。

最終通告の時間切れから予想された結末に陥ったようです。
イスラエル側のエルサレム市長 Ehud Olmert 氏はラジオ・テレビで即時攻撃をやめるように呼びかけたそうです。

西岸の都市ヘブロンでは、入植者がパレスティナ人の家を焼討ちしているとか。
最悪の事態が勃発してしまいました。

ところで、ヨルダンの子供たちは戦争ごっこに夢中だそうです。
イスラエルとアラブに分かれて、銃を模した木をかまえて銃撃ごっこをしているのですが、イスラエル側はでたらめなヘブライ語らしい言葉を叫んで、アラブ側は「アラブの大義のために、生命をすてるぞ!」と叫ぶのがルールです。

保安部隊の銃撃で亡くなった12歳の Mohammed Al-Durra 君の死は、アラブ圏の子供たちを激情にかりたてました。
それは、小学生でさえ例外ではありません。
この危険な状態にもかかわらず子供たちは毎日、登校しているのですが、もちろん勉強するためではありません。
校舎の屋根や窓から、イスラエル側に投石するためです。

政治指導者の打算ではどうにもならない事態へなりつつあります。
しばらくネットサーフィンしながら事態の推移を見て行きたいと思います。

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© 工藤龍大